はじめに
私は現在、双極性障害と診断されメンタルクリニックに通っています。病気の治療を効果的に進めるには、患者自身が病気のことを知ることが大切です(と、がんサバイバーの先輩が言っていました)。本書を読むことで、「心の病」に罹患している患者さんの脳内で起きていることを、仮説レベルではありますが知ることができました。本記事では、私が本書から学んだことのうち、特に面白いと思ったトピックを紹介しようと思います。
p25「FBIに追跡されている」という妄想が生じるわけ
統合失調症の特徴として、妄想があります。本書では妄想が生じる理由を、脳科学の観点から説明しています。
本書では、妄想が生じるメカニズムの仮説として「情報の統合に障害が生じている」可能性を挙げています。例えば、黒猫が自分の前を横切ったときに、健常者の脳内では「黒い」「猫だ」「動いている」といった情報がうまいこと統合され、「黒猫が横切った」と認識することができます。
一方で、統合失調症の患者さんの脳内では「黒い」「猫だ」「動いている」という情報に加え、例えば「FBIが容疑者を追跡したドラマを見ていた記憶」などの余計な情報まで統合されてしまい、その結果「黒猫が横切ったのは、FBIが自分を追跡しているからだ」といった妄想が生まれます。
以上のことを図で示したものが、図1です。
p34「さまざまな仮説を検証して個別化医療を目指す」
統合失調症と一口に診断された患者さんも、実は発症のメカニズムは人それぞれなのではないかという仮説です。例えば、統合失調症の発症メカニズムとして、脳内でドーパミンが過剰分泌されているという仮説があります。ところが統合失調症の患者さんの脳内を調べてみると、この仮説があてはまらない方もいるようなのです。そこで、統合失調症の発症メカニズムとして、他の仮説(GABA仮説、酸化ストレス仮説、etc)も提唱されています。
診断名は統合失調症だが、発症メカニズムは一人ひとり異なるかもしれず(図2)、したがって一人ひとりにオーダーメイドの治療が必要なのではないかということが、本節のメッセージになります。
p88「1日10分、10日間のいじめを受けると、脳内で何が起きるのか」
1日10分、10日間の長期的なストレスをマウスに与えたところ、脳内の樹状突起が減るマウスが現れました。樹状突起とは、脳内の細胞間の情報を伝達する箇所のことで、これが少ないと情報がうまく伝達できず、うつっぽい行動を引き起こすようです。
一方で、同じようなストレスを与えても樹状突起が減らないマウスもいるようです。これらの違いが何によるものなのか、根本原因は現時点では不明らしいですが、遺伝的要因も指摘されているようです(図3)。
p193「『感情関連神経回路の過剰興奮』によって、躁とうつが繰り返される?」
双極性障害の患者さんの脳内を調べると、視床室傍核という箇所が異常に活性化されているようです。視床室傍核が活性化されているタイミングで、外部から恐怖が与えられると、今度は偏桃体が異常に活性化、報酬が与えられると側坐核が異常に活性化されるようです。このとき、偏桃体が活性化されると人はうつ状態になり、側坐核が活性化されると躁状態になるようです(図4)。
私の場合、上司から良い評価(=報酬)を得られれば舞い上がるほど嬉しくなり(=躁状態)、悪い評価(=恐怖)を得ると死にたくなるほど落ち込みます(=うつ状態)。なので、外部から与えられた入力が、気分の大きな変調をもたらすという説明は、非常に腑に落ちました。
おわりに
最近では少なくなったかもしれませんが、ひと昔前には「うつは自己責任」「うつは甘え」という言説がまかり通っていました。本書は、その考えに対する反論となると思います(うつ状態を引き起こす樹状突起の減少を、あなたは自己責任で止められますか?)。本書を通じて、そういった誤解が減ると良いなと思っています。