初心者データサイエンティストの備忘録

調べたことは全部ここに書いて自分の辞書を作る

マイノリティとマジョリティの繋がり

朝井リョウの『正欲』を読んだので、その感想を書きます。

 この本を読んでまず思ったのは、ブログのような一般公開の場に感想を書くことは難しいかもしれないということでした。さまざまな面でマジョリティに属する自分が感想を書くことで、ある側面でマイノリティの人を無意識のうちに傷つけてしまうのではないかと思ったからです。

 一方で、私自身にもマイノリティとしての側面があります。そのため、マジョリティとマイノリティの両方の視点からこの作品について考えることには、自分なりの意義があるようにも感じました。そう思い、とりあえず書いてみることにしました。

 一般的に、マジョリティとマイノリティは「人数の多さ・少なさ」を表す言葉として使われます。しかし本作を読んで、それは単なる人数の話ではなく、「どれだけ他者と繋がれるか」という関係性を表す言葉でもあるのだと感じました。

 本作では、マジョリティ側の人間を「人生に、自然と他者が現れてくれた人たち」と表現しています。裏を返せば、マイノリティ側の人間は理解者や仲間に自然と出会うことが難しく、それゆえに人との繋がりを築きにくいということです。

 さらに、マイノリティは人数が少ないがゆえに、その存在や意見が軽んじられたり、見過ごされたりすることがあります。

 しかし、それゆえに同じ立場の人と連携し、自分たちの存在をマジョリティに伝え、社会を少しずつ変えてきた人たちは尊敬されるのだと思います。

 終盤で、八重子が「そうやって不幸でいるほうが、楽なんだよ」と語る場面があります。これは、「(マイノリティである)俺たちの気持ちがわかるかよ」と主張する大也に向けられた言葉です。八重子は、マイノリティだからこそマジョリティと対話することが必要だという考えを示しています。

 私はこの言葉に、なるほど、一理あるかもしれないと思いました。

 もちろん、マイノリティ側に説明責任があるとか、マイノリティ側の努力不足によって現在の状況が生まれていると言いたいわけではありません。

 ただ、例えばキング牧師は、マジョリティである白人社会と粘り強く対話を重ねることで、黒人の権利向上に大きく貢献しました。マイノリティ側からマジョリティ側へ働きかけ、理解者を増やしていくことは、とてもエネルギーが必要な尊敬に値する行為なのだと思います。

 私自身、本作で主題となっている性的指向についてはマジョリティですが、それ以外の面ではマイノリティとして生きてきた部分があります。

 これまでの私は、自分の不幸ばかりを見つめたり、自分と同じ立場の人としか繋がろうとしてこなかったように思います。『正欲』を読んだ今は、マジョリティ側の人とどうすれば繋がることができるのか、その先にどのような幸せがあるのかを考えています。

【読書記録】日々の行動を意味づければ、充実感を得られる

はじめに

 アメリカの精神科医Russ Harisさんが書いた『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない: マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門 』を読みました。本書はACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)と呼ばれる心理療法について書かれた本です。2~3年前くらいに一回読んだのですが、最近、また精神的状態が悪化してきたので再読しました。

感想

 本書には、二つのことが書かれています。一つ目は、マインドフルネスなどを用いて「役に立たない思考」に対処する方法について、二つ目は、「自分にとって価値ある行動」を起こすための方法論についてです。「自分は生きている価値がない」などの役に立たない思考に対処して、その思考に奪われていたエネルギーを、自分の価値に基づいた行動を起こすことに向けようというのが、本書のコンセプトです。

 以前読んだときは、一つ目のマインドフルネスについて大きな学びがありました。脱フュージョンという考え方を知って、自分にとってストレスフルな考え方と距離をおくことが上手になったと思います。

 一方で、二つ目の価値ある行動を起こすには至りませんでした。その理由は自分にとって価値ある行動を考えることが苦痛だったからです。自分の希望を少しでも漏らせば、親に殴られる。そんな過去を思い出してしまうのです。

 今回も同じ状況に追い込まれそうになりました。しかし、前回の反省を踏まえ、マインドフルネスによって過去と距離を取り、自分にとって価値あることを一覧化していきました。

 また、前回は自分にとっての価値一覧をいきなり考えようとしていたのですが、今回は普段の自分の行動を振り返る形で、自分にとっての価値を整理しました。

実践

 本書を読んで、まず自分にとって価値ある事柄を整理してみました。その手順は、以下の通りです。

  1. 自分の行動を列挙する
  2. 自分の行動がどのような価値に紐づいているかを言語化する

 以前読んだニコマコス倫理学に「すべての行動は何らかの善に基づいている」みたいなことが書かれていたのを思い出し、それを意識しました。自分の行動は、自分にとって何らかの価値あることに紐づいているだろうということです。

 実際にこの作業をやってみた結果が以下です。

自分の行動 紐づいている価値
息子と一緒に遊ぶこと 息子が前向きに生きる土台を作りたい
妻と二人でお酒を飲むこと 家庭円満でいたい
興味があることを勉強すること 好奇心を満たしたい
コツコツと仕事を前に進めること 達成感を得たい
サウナに行くこと 精神的な健康を維持したい
息子と一緒にお風呂に入ること 息子が前向きに生きる土台を作りたい
食器を洗うこと 達成感を得たい・家庭円満でいたい
食事を作ること 達成感を得たい・家庭円満でいたい
長く眠ること 精神的な健康を取り戻したい
魚を捌くこと 好奇心を満たしたい・達成感を得たい
釣りをすること 好奇心を満たしたい

 更に、以下の作業を行いました。

  1. 価値をもとに、今後やってみたいことを列挙する
  2. 翌週取り組むことを決める

 価値をもとに、今後やってみたいことを以下のように列挙しました。

価値 今後やってみたいこと案
息子が前向きに生きる土台を作りたい
  • 息子と家の外で遊ぶ
  • 息子がお風呂を楽しむ方法を一つ増やす
  • 息子が歯磨きに楽しく取り組む方法を一つ増やす
  • 家庭菜園で育てる植物を決める
  • 息子としっかり向き合う時間を毎日作る
  • 息子の新しい習い事を探す
  • 息子が興味を持った絵本を買う
好奇心を満たしたい
  • 数理統計関連の定理の証明をブログに書く
  • 面白いドラマや映画を発掘する
  • 面倒な魚を捌く
達成感を得たい
  • 作業を細かく振り返って進み具合を確認する
  • 工夫した一品を夕飯に作る
  • 掃除をする
  • (仕事のモチベーションを上げるために)プロジェクトXを見る
  • (仕事のモチベーションを上げるために)鷲田清一の「だれのための仕事」を読む
精神的な健康を取り戻したい
  • 倦怠感あるときは、なる早で瞑想する
  • HIITをする
  • サウナ開拓
  • 愚痴を言えるカウンセラーを探す
家庭円満
  • 安くて美味しいお店を探す
  • 群馬旅行の予定を立てる
  • 妻と息子のことについて語らう

 更にここに書いた取り組みの中から、翌週取り組むことを決めて、図1のようにノートに書きます。

図1:取り組みメモ

 あとはノートに書いたことに淡々と取り組み、毎日取り組み結果を振り返ります。

実践しての感想

 翌週取り組むことを決めて、実際に取り組む流れをまだ2週間しかしていませんが、充実感は得られています。本にも書かれていましたが、価値に基づいて行動すると、たとえ目標を達成できていない段階でも、その過程自体を楽しめるようになります。

 また、日々取り組むことが意味づけされたので、やりたくないことにも前向きに取り組めるようになりました。

 現在、生活に充実感を持てていない方は騙されたと思ってやってみてください。私の場合は、ささやかな楽しみを得られました。

自己肯定感高くないと感情を解放できない

毒を抜く

  少し前に「毒親」という言葉が流行りました。Wikipediaによれば「子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親」を毒親というそうです。

 一言で毒親と言っても、暴力を振るったり、暴言を吐く親、経済的DVをする親、過干渉や逆に育児放棄する親など、色々なタイプが存在すると思います。また、その複合型もいるでしょう。

 ただ、どのタイプにも共通していることは、親が子どもの気持ちを受け止められないことだろうと私は考えています。子どもは親が思うように行動することが求められ、子どもが持つ楽しい、悲しいなどの自然な感情さえも許してくれません。

 生きづらさの正体はアダルトチルドレンでは、毒親によって病んだ精神を健全な状態に取り戻すための方法がいくつか書かれています。

 その方法の一つが、感情解放です。感情解放とは、幼少期に押さえ込んでいた感情を解放することで、精神の健康を取り戻す方法です。 大人になってからも、幼少期の自分を想像して感情を解放することで、精神の健康を取り戻せるようです。

感情を開放する取り組みを実践してみて

 私の母親もいわゆる毒親でした。ゲームしたり本を読んだり、音楽を聴くことなどの娯楽は一切禁止でした。子どもの「今日は疲れた」の一言に激昂し、何時間も殴ることも日常でした。

 このような家庭だったため、私は自分の気持ちを強く押さえつけながら育ちました。大人になってからもその後遺症にずっと苦しんでいます。

 そのような現状の中で、本書に書いてあった「感情解放」に取り組んでみました。

 本書では、感情解放を次の3つのステップを踏んで実践する方法が述べられています。

 1つ目のステップは、感情を出すことを自分に許す作業です。本書には「何を感じても大丈夫だよ」などの言葉を自分の魂に話しかけるイメージと書かれていました。

 2つ目のステップは、子どもの頃の自分をイメージし、その子どもになりきって感情を吐き出す作業です。

 3つ目のステップは、子どもの自分が吐き出した感情に対して、大人の自分が子どもの自分を励ます作業です。

 私は繰り返しこの取り組みをしてみて、2つ目のステップまではできるようになりました。

3つ目のステップにはなかなか到達できない

 2つ目のステップまでは進められるようになりましたが、3つ目のステップには心理的な抵抗があり、うまく取り組むことができませんでした。

 自分は励まされるほど価値のある人間だとは思えず、子どもの頃の自分に励ましの言葉をかけることに心理的な抵抗があったためです。

今後の取り組み

 「自分は励まされるほど価値がある人間には思えない」という思考は、私の思考の癖みたいなものだと思います。

 思考の癖に気づき、修正していくための取り組みとして認知行動療法があります。今後は、認知行動療法に一旦取り組み、その後に再度、感情解放に取り組んでみようと思います。

理性がない人は我慢する

 NHK「100分de名著」ブックス アリストテレス ニコマコス倫理学を通じて、理性についてのこれまで私が知らなかった考え方を学びました。

 これまで私は理性がある人は、自分の欲望を抑制して何かしらの目標に向かって努力をする人という風に考えてきました。

 しかし、そのような理解は不十分であることに気づきました。

 ニコマコス倫理学では、幸福になるためには人間が持っている能力を、開花させていくことが重要だと書かれています。

 そのような前提のもとで、「節制」について、NHK「100分de名著」ブックス アリストテレス ニコマコス倫理学では以下のように解説されています。

あるいは「節制」に関しても、先ほどは「放埒」や「不節制」との対比だけで話をしましたが、実は「無感覚」という悪徳もあります。快楽に対して極端に鈍感な人ということですね。人間としての充実を実現しそこねているこのような在り方も「悪徳」とみなされているというのは面白いですね。

 この一節を読み、「節制」は我慢することだけを指すわけではなく、総合的に充実した生を実現することなのかと、目から鱗が落ちた気がしました。

 このように書くと、ニコマコス倫理学でいう「節制」とは、程々に頑張って、適度に遊ぼうという考え方のように見えます。しかし、本書ではそのような考え方はアリストテレスの主張を捉えきれていないと説明されています。以下に本書の関連箇所を引用します。

「節制」に関してはどうでしょうか。先ほども述べましたように、何も感じないのも悪徳です。この世界に満ちている様々なおいしいものに対してまったく心が動かないことは、ものを味わうという自らが持って生まれた能力を発揮できていない状態です。他方、ちょっとでもおいしそうなものがあれば何も考えずに食べてしまうという在り方も悪徳です。では、まあまあ食いつけばよいのかと言えば、そういうことではない。いま自分にとって最も必要なものを、ほどよいバランスで食べる。それこそが節制ある人なのです。

 このように、自分が充実した状態を作り出すために、どう振る舞うべきかをその都度考えることがニコマコス倫理学でいうところの節制なのだと私は理解しました。

 以上を踏まえて、我が身を顧みると、これまでの何も考えずに我慢を優先していた生活は、理性がない状態だったと思います。これからは充実した生を追求すべく、過去の自分が学べなかった理性ある節制に取り組んでいこうと思います。

標準正規分布の期待値

はじめに

 確率変数 X \sim N(0, 1)について、 E\left[ X ^ n \right]を求める方法を知りたかったので、導出方法を少し整理しました。

導出の方針と導出結果

 結論だけを知りたい方のために、まず導出結果を書いておきます。


E\left[ X ^ n \right] = 
\begin{cases}
\dfrac{n!}{2 ^ {\frac{n}{2}} \left( \frac{n}{2}\right)!} & (n {\rm が偶数}) \\
0 & (n {\rm が奇数})
\end{cases} \tag{1}

 本記事では、(1)式をモーメント母関数とマクローリン展開を用いて導出します。

導出

 まず、一般的に e ^ sマクローリン展開


e ^ s = \displaystyle{\sum _{k=0} ^ \infty} \frac{s ^ k}{k!} \tag{2}

です。また、標準正規分布のモーメント母関数は


M(t) = e ^ {\frac{t ^ 2}{2}}

です。したがって、(2)式に s = \dfrac{t ^ 2}{2}を代入することで、標準正規分布のモーメント母関数のマクローリン展開は、


\begin{eqnarray}
  e ^ {\frac{t ^ 2}{2}} &=& \displaystyle{ \sum _{k=0} ^ \infty} \frac{1}{k!} \left( \frac{t ^ 2}{2} \right) ^ k \\
  &=& \displaystyle{ \sum _{k=0} ^ \infty} \frac{1}{2 ^ k k!} t ^ {2k}
\end{eqnarray} \tag{3}

となります。

 また、一般的にモーメント母関数のマクローリン展開


\begin{eqnarray*}
  M(t) = \displaystyle{ \sum _{n=0} ^ \infty} \frac{M ^ {(n)}(0)}{n!} t ^ n \tag{4}
\end{eqnarray*}

です。したがって、(3)・(4)式の係数を比較することで nが偶数のとき、 n = 2kとすることで、


\begin{eqnarray*}
  \dfrac{M ^ {(n)}(0)}{n!} = \dfrac{1}{2 ^ {n/2} (n/2)!}
\end{eqnarray*}

です。以上より


M ^ {(n)}(0) = \dfrac{n!}{2 ^ {n/2} (n/2)!}

です。同様に(3)・(4)式の係数を比較することで nが奇数のとき


\begin{eqnarray*}
  \dfrac{M ^ {(n)}(0)}{n!} = 0
\end{eqnarray*}

です。これと E\left[ X ^ n \right] = M ^ {(n)} (0)を組み合わせると、(1)式が得られます。

導出のポイント

 (3)式を導出する際に、(2)式を経由することで、標準正規分布のモーメント母関数のマクローリン展開が簡単にできます。私は、標準正規分布のモーメント母関数をそのままマクローリン展開しようとしたので、てこずりました。

 

共感性を測ったら見えてきた:ズレを生むのは「共感」ではなく「行動様式」かもしれない

はじめに

 直近の評価面談で、上司から「認識合わせの能力が足りない」と指摘を受けました。この点について私自身も強い課題感を持っており、対策を打つ必要があると感じていました。

 なぜ認識合わせがうまくいかないのかを考える中で、頭に浮かんだのが「共感性」でした。私は、「自分の共感性が低いから、上司と適切なコミュニケーションが取れず、結果として認識合わせもうまくいかないのではないか」と考えました。

 そこで、自分の共感性を多少なりとも客観的に把握するために、IRI-J(共感性を測る心理学的指標)を用いてセルフチェックを行いました。その結果「私は共感性が特別低いわけではない」という結論に至りました。

 この結論を受けて、上司とのコミュニケーションの課題は、共感性の高低の問題ではなく、仕事における私の行動様式に原因があると考えるようになりました。

 本記事では、この気づきをもとに、自分の課題を言語化しながら整理していきます。

認識が合わない:共感性が原因?

 仕事を進めていると「上司と認識を合わせて仕事を進めたつもりなのに、成果物に大量の修正が入った」「上司が気にするポイントが分からず、報告内容が伝わらない」経験がしばしばあります。このような経験を経て「もしかすると私は上司の“意図”や“感覚”をくみ取れていないのでは?」と考えました。

 このような課題を考えていたときに、非認知能力の「共感性」の概念が思い浮かびました。「相手の感情や立場を想像する力」こそが、上司との認識合わせを支える土台となる能力ではないか。このように考え「自分の共感性が低いから、上司と適切なコミュニケーションが取れず、結果として認識合わせもうまくいかないのではないか?」という仮説を立てました。

 そこで、自分の共感性の高低を客観的に把握するため、心理学で使われる共感性の指標(IRI-J)を用いてセルフチェックを行うことにしました。

IRI-Jによる共感性の測定

IRI-Jを選んだ理由

 私は心理学に詳しくないため、まずは共感性に関する代表的な指標を調べることから始めました。その際に参照したのが、共感性の測定指標を体系的に整理しているレビュー論文Educating for Empathyです。

 この論文は、医師や医学生の共感性を評価・育成する研究を整理したもので、6種類の指標が紹介されています(図1)。

図1:共感性の評価指標(Educating for Empathyから抜粋)

 今回はセルフチェックが可能な指標を選ぶため、次の三つの条件で絞り込みました。

  1. 和訳版が存在すること(英語力に依存せず、信頼性のある日本語版を利用できる)
  2. 質問項目が公開されていること(自分でスコアをつけられる)
  3. 日本国内での研究データがあること(自分のスコアを相対的に位置づけられる)

 これらの条件を踏まえ、最終的にIRI(Interpersonal Reactivity Index)の日本語版IRI-Jを用いることにしました。

IRI-Jの概要

 IRIを提案した論文では、共感を「emotional aspects(感情的な側面)」と「cognitive aspects(認知的な側面)」から構成される複合的な概念として捉えています。そして、IRIはこの二つの側面をさらに細分化し、「Empathic Concern」・「Perspective Taking」・「Personal Distress」・「Fantasy Scale」の四つの因子から共感を評価します。

 その後、IRIの日本語版としてIRI-Jが開発されました。IRI-Jでも同様な四つの因子が使われており、それぞれの概要を表1にまとめました。

表1:各因子の説明
IRI-Jでの因子名 IRIでの因子名 略称 説明(IRI-Jから抜粋)
共感的関心 Empathic Concern EC 同情などの他者指向的感情の喚起されやすさ
視点取得 Perspective Taking PT 他者の視点にたってその他者の気持ちを考える程度
個人的苦痛 Personal Distress PD 他者の苦痛の観察により自己に生起される不安や恐怖にとらわれてしまう程度
想像性 Fantasy Scale FS 物語などのフィクションの登場人物に、自分を置きかえるよう想像する傾向

 私はこの四つの因子のうち、「共感的関心」・「視点取得」・「個人的苦痛」に絞って、私の共感性を評価することにしました。その理由は、「想像性」が物語の登場人物への感情移入を測る指標であり、仕事に必要な共感性とはやや性質が異なると感じたからです。

 次節では、「共感的関心」・「視点取得」・「個人的苦痛」について、私の共感性の傾向を検討していきます。

測定結果

 共感性を測定するため、IRI-Jに掲載されている全28項目に回答しました。回答は次の基準に従い、5段階で自己評価しました。

  • 1点:全く当てはまらない
  • 2点:あまり当てはまらない
  • 3点:どちらともいえない
  • 4点:やや当てはまる
  • 5点:とても当てはまる

 また、項目の中には「逆転項目」と呼ばれる、得点の意味が反対になる質問も含まれています。そのため、逆転項目を補正したうえで、「共感的関心」・「視点取得」・「個人的苦痛」の3つのスコアを算出しました。

 次に、算出したスコアを、看護師と一般市民の共感性を比較した研究(看護師の共感特性)における「非看護師の市民」の平均値と照らし合わせて、自分の位置づけを確認しました(表2)。

表2:測定結果
因子名 私の得点 非看護師の市民(看護師の共感特性から抜粋)
共感的関心 28 23.2
視点取得 26 15.2
個人的苦痛 26 22.2

 その結果、いずれの指標でも比較対象の平均値を下回るスコアは一つも見られませんでした。このことから、「自分の共感性は低い」という当初の仮説を見直す必要があると感じました*1

 振り返ってみると、確かに職場には共感性が低く見える上司も存在します。それでも出世できているということは、認識を合わせる能力の高低は、必ずしも共感性の高さだけで決まるものではありません。このことから、私の課題である「認識合わせの能力が足りない」原因は、「情報共有の方法が稚拙である」「思考が浅い」といった、共感性とは異なる部分にあるのかもしれません。

まとめと今後の展望

 本記事では、上司との認識合わせがうまくいかない原因を「共感性の不足」にあるのではないかと考え、IRI-Jを用いてセルフチェックを行いました。

 その結果、私は共感性が特別低いわけではなく、問題の本質は仕事への姿勢や行動様式にあるのではないかと考えを修正できました。 つまり、共感性の測定を通じて、これまで「感情・能力の問題」として捉えていたテーマを「行動の問題」として見直せました。

 「行動の問題」として考える中で私が思い出したのが、仕事の進め方における二つの行動様式「Quick & Dirty」と「ラストマンシップ」です。

 Quick & Dirtyはこまめにレビューを受けるなど、上司の関与度を意識的に高めることで、業務の方向性のズレを最小限に抑える姿勢です。一方、ラストマンシップは最終的な責任を自分で引き受ける覚悟を重視し、上司の関与度が低い状態で成果物の品質を上げていく姿勢です。

 この二つの行動様式は、上司の関与度の点で矛盾して見えます。 しかし、Quick & Dirtyもラストマンシップも「品質が高い成果物を早く作る」という点では共通しています。そのため、両方を状況に応じて適切に取り入れることが、良い仕事をするうえで必要だと考えています。

 このように、私の場合、共感性という個人特性よりも、状況に応じた行動様式の選択こそが、認識合わせの精度を左右するのではないかと感じています。

 今後は、この二つのアプローチをどう統合し、実際に行動に落とし込むか考える予定です。次の記事では、この「Quick & Dirty」と「ラストマンシップ」の矛盾を軸に、認識合わせの能力を伸ばしていく方法を考察します。

*1:ただし、この結果を鵜呑みにできないとは思っています。IRIは自己評価であるため、実際より高く出ている可能性があります。

どの非認知能力を伸ばすべきか?:自分の問題と向き合う

はじめに

 非認知能力について検索すると「非認知能力を伸ばす取り組み」や「非認知能力を伸ばすプログラム」を紹介する記事が多数見つかります。そうした記事を読むと、紹介されている取り組みやプログラムをすぐに実践したい気持ちになります。

 一方で、非認知能力を伸ばす取り組みを試す前に「私は今どのような問題を抱えているか?」を考える必要があると私は感じています。その理由は二点あります。

 一点目は、伸ばすべき非認知能力を絞り込み、的を絞った取り組みにするためです。

 非認知能力は多様な能力の総称です。そのため、ネットで紹介されている方法で高められる力が、自分に必要な力とは限りません。抱えている問題を明確にし、伸ばすべき能力を特定すれば、取り組みの効果が高まると考えられます。

 二点目は、取り組みを自分で評価できるようにするためです。

 一般的に、非認知能力の定量的評価には専門的な知識が必要で、素人には難しい場合が多いです。しかし、今抱えている問題を明確にしておけば「この問題は解決に近づいているか?」という形で評価できます。これにより、一般的な定量評価は難しくても、具体的な問題の改善の有無であれば評価できるようになります。

 以上を踏まえて、本記事では私自身が抱えている問題を整理し、関連する非認知能力を明確にします。

私が解決したい問題

 ここでは日常生活の中で特に解決したい問題について書きます。書く際に意識したのは以下の二点です。

  1. 現実と理想の両方を書くこと
  2. 具体的に書くこと

 1については「問題は現実と理想のギャップのこと」と職場で繰り返し言われているので意識しました。

 2については最初、抽象的なレベルで問題を書き出してみたものの、関連する非認知能力を絞り込めなかったため、後から具体性を重視しました。

スマホを長時間眺めてしまう問題

 中学生の頃から、疲れるとテレビやスマホを見続けてしまう癖があります。やめたいと思ってもなかなかやめられず、ダラダラ見続けてしまいます。長いと週に5時間程度このような無駄な時間があります。

 このような現実に対し、理想はスマホのダラダラ時間をゼロにした生活です。浮いた時間を家族や自分のために使いたいと思っています。

 仕事中や家族と過ごす時間にスマホをダラダラ眺めることはないので、依存症レベルではないと考えています。それでも、自分の人生全体に影響がある問題です。

切り替えがうまくいかない問題

 スマホ問題とも関連しますが、ストレス解消のためのON/OFFの切り替えがうまくできません。

 例えば、趣味のサウナで外気浴をしている最中に仕事のことを考え続けてかえって疲れてしまったり、逆にリラックスモードから仕事モードに戻れず集中できないことがあります。

 このようなアクセルとブレーキを同時に踏み込んだ状態は心身を消耗させます。状況に応じてON/OFFの切り替えをスムーズに行い、余計な疲労を溜めないことが理想です。

上司の目線に立てない問題

 仕事をしていると「上司が気にするポイントがわからず私の報連相がイマイチ」「上司が何を言っているかよくわからん」場面が多々あります。

 仕事はロジックに加えてエモさ・忖度も重要なので、理想としては上司や同僚とツーカー関係になりたいものです。

関連する非認知能力

 ここまで、3つの問題をピックアップしました。以下に、これらの問題に関する非認知能力を整理します。

問題 関連する非認知能力 非認知能力の定義*1
スマホを長時間眺めてしまう 自己制御力 自分の衝動を社会の規範に沿って適切にコントロールし、課題指向的かつ目的指向的な行動をとる傾向
切り替えがうまくいかない エゴ・レジリエンス 日常生活における内的あるいは外的なストレッサー対して柔軟に自我を調整し、状況にうまく対処し適応できる自我の調整能力
上司の目線に立てない 共感性 他者の状況や気持ちに目を向け、気持ちを共有したり、理解したりする特性のこと

 各問題を非認知能力に紐づけることで、非認知能力に関する既存研究を基にした解決策を見出せる気がしています。

取り組み評価の方向性

 各非認知能力を高める取り組みを行った後に、その効果を次のように評価したいと考えています。

問題 評価方法
スマホを長時間眺めてしまう スマホの利用時間記録
切り替えがうまくいかない ランダムな時点でその時の集中状態を記録
上司の目線に立てない (良い方法が思いつかないので保留)

 上司の目線に立てない問題は、現時点で良い評価方法が思いつきません。しかし、共感性を高める研究を調べていく中で、何か手がかりが得られると考えています。

まとめ

 本記事では、自分が抱える問題を整理し、それらに関連する非認知能力を明確にしました。

 この検討により、伸ばすべき非認知能力の絞り込みと、取り組んだ後の評価の方向性が見えてきたと感じています。

 次の記事では、本記事で整理した内容を足がかりにして、非認知能力を高める具体的な取り組みを整理していきます。

*1:非認知能力』から引用