初心者データサイエンティストの備忘録

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共感性を測ったら見えてきた:ズレを生むのは「共感」ではなく「行動様式」かもしれない

はじめに

 直近の評価面談で、上司から「認識合わせの能力が足りない」と指摘を受けました。この点について私自身も強い課題感を持っており、対策を打つ必要があると感じていました。

 なぜ認識合わせがうまくいかないのかを考える中で、頭に浮かんだのが「共感性」でした。私は、「自分の共感性が低いから、上司と適切なコミュニケーションが取れず、結果として認識合わせもうまくいかないのではないか」と考えました。

 そこで、自分の共感性を多少なりとも客観的に把握するために、IRI-J(共感性を測る心理学的指標)を用いてセルフチェックを行いました。その結果「私は共感性が特別低いわけではない」という結論に至りました。

 この結論を受けて、上司とのコミュニケーションの課題は、共感性の高低の問題ではなく、仕事における私の行動様式に原因があると考えるようになりました。

 本記事では、この気づきをもとに、自分の課題を言語化しながら整理していきます。

認識が合わない:共感性が原因?

 仕事を進めていると「上司と認識を合わせて仕事を進めたつもりなのに、成果物に大量の修正が入った」「上司が気にするポイントが分からず、報告内容が伝わらない」経験がしばしばあります。このような経験を経て「もしかすると私は上司の“意図”や“感覚”をくみ取れていないのでは?」と考えました。

 このような課題を考えていたときに、非認知能力の「共感性」の概念が思い浮かびました。「相手の感情や立場を想像する力」こそが、上司との認識合わせを支える土台となる能力ではないか。このように考え「自分の共感性が低いから、上司と適切なコミュニケーションが取れず、結果として認識合わせもうまくいかないのではないか?」という仮説を立てました。

 そこで、自分の共感性の高低を客観的に把握するため、心理学で使われる共感性の指標(IRI-J)を用いてセルフチェックを行うことにしました。

IRI-Jによる共感性の測定

IRI-Jを選んだ理由

 私は心理学に詳しくないため、まずは共感性に関する代表的な指標を調べることから始めました。その際に参照したのが、共感性の測定指標を体系的に整理しているレビュー論文Educating for Empathyです。

 この論文は、医師や医学生の共感性を評価・育成する研究を整理したもので、6種類の指標が紹介されています(図1)。

図1:共感性の評価指標(Educating for Empathyから抜粋)

 今回はセルフチェックが可能な指標を選ぶため、次の三つの条件で絞り込みました。

  1. 和訳版が存在すること(英語力に依存せず、信頼性のある日本語版を利用できる)
  2. 質問項目が公開されていること(自分でスコアをつけられる)
  3. 日本国内での研究データがあること(自分のスコアを相対的に位置づけられる)

 これらの条件を踏まえ、最終的にIRI(Interpersonal Reactivity Index)の日本語版IRI-Jを用いることにしました。

IRI-Jの概要

 IRIを提案した論文では、共感を「emotional aspects(感情的な側面)」と「cognitive aspects(認知的な側面)」から構成される複合的な概念として捉えています。そして、IRIはこの二つの側面をさらに細分化し、「Empathic Concern」・「Perspective Taking」・「Personal Distress」・「Fantasy Scale」の四つの因子から共感を評価します。

 その後、IRIの日本語版としてIRI-Jが開発されました。IRI-Jでも同様な四つの因子が使われており、それぞれの概要を表1にまとめました。

表1:各因子の説明
IRI-Jでの因子名 IRIでの因子名 略称 説明(IRI-Jから抜粋)
共感的関心 Empathic Concern EC 同情などの他者指向的感情の喚起されやすさ
視点取得 Perspective Taking PT 他者の視点にたってその他者の気持ちを考える程度
個人的苦痛 Personal Distress PD 他者の苦痛の観察により自己に生起される不安や恐怖にとらわれてしまう程度
想像性 Fantasy Scale FS 物語などのフィクションの登場人物に、自分を置きかえるよう想像する傾向

 私はこの四つの因子のうち、「共感的関心」・「視点取得」・「個人的苦痛」に絞って、私の共感性を評価することにしました。その理由は、「想像性」が物語の登場人物への感情移入を測る指標であり、仕事に必要な共感性とはやや性質が異なると感じたからです。

 次節では、「共感的関心」・「視点取得」・「個人的苦痛」について、私の共感性の傾向を検討していきます。

測定結果

 共感性を測定するため、IRI-Jに掲載されている全28項目に回答しました。回答は次の基準に従い、5段階で自己評価しました。

  • 1点:全く当てはまらない
  • 2点:あまり当てはまらない
  • 3点:どちらともいえない
  • 4点:やや当てはまる
  • 5点:とても当てはまる

 また、項目の中には「逆転項目」と呼ばれる、得点の意味が反対になる質問も含まれています。そのため、逆転項目を補正したうえで、「共感的関心」・「視点取得」・「個人的苦痛」の3つのスコアを算出しました。

 次に、算出したスコアを、看護師と一般市民の共感性を比較した研究(看護師の共感特性)における「非看護師の市民」の平均値と照らし合わせて、自分の位置づけを確認しました(表2)。

表2:測定結果
因子名 私の得点 非看護師の市民(看護師の共感特性から抜粋)
共感的関心 28 23.2
視点取得 26 15.2
個人的苦痛 26 22.2

 その結果、いずれの指標でも比較対象の平均値を下回るスコアは一つも見られませんでした。このことから、「自分の共感性は低い」という当初の仮説を見直す必要があると感じました*1

 振り返ってみると、確かに職場には共感性が低く見える上司も存在します。それでも出世できているということは、認識を合わせる能力の高低は、必ずしも共感性の高さだけで決まるものではありません。このことから、私の課題である「認識合わせの能力が足りない」原因は、「情報共有の方法が稚拙である」「思考が浅い」といった、共感性とは異なる部分にあるのかもしれません。

まとめと今後の展望

 本記事では、上司との認識合わせがうまくいかない原因を「共感性の不足」にあるのではないかと考え、IRI-Jを用いてセルフチェックを行いました。

 その結果、私は共感性が特別低いわけではなく、問題の本質は仕事への姿勢や行動様式にあるのではないかと考えを修正できました。 つまり、共感性の測定を通じて、これまで「感情・能力の問題」として捉えていたテーマを「行動の問題」として見直せました。

 「行動の問題」として考える中で私が思い出したのが、仕事の進め方における二つの行動様式「Quick & Dirty」と「ラストマンシップ」です。

 Quick & Dirtyはこまめにレビューを受けるなど、上司の関与度を意識的に高めることで、業務の方向性のズレを最小限に抑える姿勢です。一方、ラストマンシップは最終的な責任を自分で引き受ける覚悟を重視し、上司の関与度が低い状態で成果物の品質を上げていく姿勢です。

 この二つの行動様式は、上司の関与度の点で矛盾して見えます。 しかし、Quick & Dirtyもラストマンシップも「品質が高い成果物を早く作る」という点では共通しています。そのため、両方を状況に応じて適切に取り入れることが、良い仕事をするうえで必要だと考えています。

 このように、私の場合、共感性という個人特性よりも、状況に応じた行動様式の選択こそが、認識合わせの精度を左右するのではないかと感じています。

 今後は、この二つのアプローチをどう統合し、実際に行動に落とし込むか考える予定です。次の記事では、この「Quick & Dirty」と「ラストマンシップ」の矛盾を軸に、認識合わせの能力を伸ばしていく方法を考察します。

*1:ただし、この結果を鵜呑みにできないとは思っています。IRIは自己評価であるため、実際より高く出ている可能性があります。