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【読書記録】働くことがイヤな人のための本

働くことがイヤになって手に取りました。著者の中島義道さんはいわゆる哲学者ですが、哲学の専門書だけではなく、一般の読者向けの本も何冊か書いています。 私は高校生の頃から中島さんの著書は何冊か読んでおりますが、仕事に関する本は初めてです。

本書の大前提

本書のレビューをネットで漁ってみると、「役に立たなかった」というコメントが散見されます。確かに私も読んでみて「役に立たなかった」と感じたこともあります。しかし、その一方で「参考にしたいな」「真似したいな」と思う箇所がいくつもありました。

なぜ、「役に立たなかった」というコメントが多いのか?中島さんは哲学を実践することに人生上の最大の価値を置いている、ということにその原因があると私は考えています。このことがわかるのがp176の下記の箇所です。

「生きてきた、そしてまもなく死ぬ」ということは、こうしたすべての仕事を圧倒的に超えた価値をもっており、あえて言えばこうしたすべてを無限に超えた仕事である。(中略)人生の最期に、みずからの仕事にまったくすがらずに、剥き出しのまま死の不条理を味わい尽くすことは救いではなかろうか?

ここでいう「こうしたすべての仕事」や「みずからの仕事」とはお金になる仕事のことです。つまり、お金になる仕事よりも「死の不条理を味わい尽くすこと」がよりよい、ということを中島さんは主張しております。また、この価値観は本書全体に貫かれており、本書の議論は全てこの価値観に向かって書かれています。そして、この価値観に多くの人がついていけなかったことが、「役に立たなかった」と感じさせる要因の一つだと私は考えています。

  • 本書は、「死の不条理を味わい尽くす」ことをよいことと考え、それを実践するための書である。
  • それと同時に、この価値観を持ち合わせていない人も世の中にたくさんいる。

これが「役に立たなかった」と感じる理由の一つではないかと私は思います。

勉強になったこと

本書を読んで一番勉強になったことは、「社会は理不尽であり、それと同時に理不尽を隠すような単純化した言説が蔓延している」ということです。 p54で下記のような例を挙げています。

世の中とはまことに不合理なことに、成功者のみが発言する機会を与えられている。成功者の発言は成功物語である。(中略)彼らのうち少なからぬ者は、成功の秘訣を普遍化して語ろうとする。(中略)じつはたいそうな天分とそれ以上に不思議なほどの偶然に左右されてきたのに、誰でも同じように動けば必然的に成功が待っているはずだと期待させる。それが実現できない者は怠惰なのであり、努力が足りないのであり、適性を誤っているのだと力説する。これは大嘘である。

私はこれに非常に納得できます。塾でアルバイトをしていたときに、いくら努力しても勉強ができるようにならない子どもや、虐待家庭で真冬の深夜に家から追い出される子どもなどを見てきました。 このような子どもたちの多くは、社会で困難な状況に陥りがちです。しかし、このような子どもたちに対して、本人の努力不足だと切り捨ててしまう大人を多く見てきました。これこそ理不尽の極みと私は思っています。

話が逸れましたが、このような理不尽に対して中島さんはp177で次のように述べます。

真実がいかに耐えがたく過酷であろうと、それがまさに真実だから受け入れる

中島さんがこのように主張する理由は、真理を探究する学問である哲学を人生で実践するためです。

私は哲学を実践するほどの体力も能力もないのですが、この態度で生きていきたいと思っています。 その理由は、私も中島さんほどではないけれども人間や社会に興味があるからです。人間や社会を今よりも少しでも知って死んでいくためには、「それがまさに真実だから受け入れる」という態度でいることが、初めの一歩なのではないかと思っています。

感動した文章

最後に本書の中で感動した文章を書いて終わりにしたいと思います。p40に書かれている言葉です。

人生とは「理不尽」のひとことに尽きるということ。思い通りにならないのがあたりまえであること。(中略)そして、社会に出て仕事をするとは、このすべてを受け入れるということ、その中でもがくということ、その中でため息をつくということなのだ。だから尊いということ、これはなかなかわかってもらえないかもしれないから、これから言葉を尽くして語りつづけようと思うが、私の言いたいことの核心なんだよ。

本書を通じて、私の心の中を探ってみたときに「社会から承認されたい」という気持ちが人一倍強いことを自覚しました。同時に現実は社会どころか、勤めている会社でも認められず、出世コースから外れていることも理解しています。このギャップが非常に苦しく、それが私が働くことがイヤな理由の一つです。しかし、このギャップに苦しむことができる仕事を得られたということ、そしてその苦しみが自分を生かし続けるということも実感しています。

恐らく自分の人生において、この苦しみから解放されることはないでしょう。しかし、この苦しみを通じて仕事や生きることの尊さを感じながら、人生を送りたいと考えています。